産経新聞・夕刊
10月30日 露地庵先生のアンポン譚 7面 (執筆・連載)
第三十一話 椿の花の絵の話 写真は森村作品「御舟(雀と鳩)」1990年。

月別アーカイブ: 2009年10月
10月30日 露地庵先生のアンポン譚 7面 (執筆・連載)
第三十一話 椿の花の絵の話 写真は森村作品「御舟(雀と鳩)」1990年。

2011年5月現在、森村泰昌が執筆・連載中の雑誌及び新聞です。ご興味のある方はご一読を!
1.日本経済新聞 クロスボーダーレビュー 美術家森村泰昌がみた映画
2.クロワッサン・プレミアム ART 絵画の見方、絵画の話。森村が推薦する展覧会紹介
3.朝日新聞 書評 【視線】
4.ちくま (筑摩書房) [美術、応答せよ!]
2009年10月号 麗人社・発行 (執筆・連載)
森村泰昌アートファイル 露地庵先生の美術語辞典 その3 「売り絵」、p152-155。
朝から工芸高校入り。カメラ位置、照明などの試行錯誤の後、黒板に文字と絵を書き始める。宮沢賢治の詩のドイツ語訳である。訳は慶應大学の大宮勘一郎教授にお願いした。ボイスと宮沢賢治、この異質をどのように結びつけられるか。結びつくに違いないという直感を信じて、黒板を文字と絵で埋めて行く。
「北方の精神」、「物質的想像力」「明るさと暗さが一体になった匂い」などの点で繋がっていく気がする。
書き終わり、ボイスに扮した私=モリムラも入って、撮影が始まる。教室には古いブラウン管式のテレビ(ソニートリニトロン!!)があり、これにもボイス=モリムラを映し込んで、ナム・ジュン・パイクへのオマージュとする。
すべてが終わって学校を出たのは午後11時をじゅうぶんまわっていた。
首が痛い。上を向いて黒板に文字を書き続けたからである。ミケランジェロは、システィーナ礼拝堂を描いていた頃、ずっと上を向き続けていたので、首が硬化してうつむくことができなくなっていたという。
*写真は、文字と絵を完成させた黒板
大阪工芸高校の教室と黒板をお借りして撮影の準備を行う。
「ヨゼフ・ボイスとしての私」がテーマ。
*写真はまだなにも書いていない黒板の設置状態。
2009年11月号 (対談)
SPECIAL FEATURE 速水御舟 いまこそ、その真価を問う!
対談 森村泰昌×山下裕二 御舟のこと、好きですか? p.100-114