2009年7月31日

先年他界した山口小夜子さんの夢を見る。某新聞紙上で公開往復書簡の仕事をすることが決まった直後の死であった。
夢の中では、小夜子さんとなにかの舞台で競演することになり、スッと小夜子さんが目の前に現れた。ああ、生きてらっしゃったんですね、と声をかけると、小夜子さんは優しく笑った。そこで目が覚めた。まだ深夜だった。
「美術の窓」誌に中原淳一論、「京都新聞」に野島康三論、「てんとう虫」誌の美術特集に美術鑑賞についてのなど、長短いろいろな原稿依頼を、なんとかすべて入稿。

先年他界した山口小夜子さんの夢を見る。某新聞紙上で公開往復書簡の仕事をすることが決まった直後の死であった。
夢の中では、小夜子さんとなにかの舞台で競演することになり、スッと小夜子さんが目の前に現れた。ああ、生きてらっしゃったんですね、と声をかけると、小夜子さんは優しく笑った。そこで目が覚めた。まだ深夜だった。
「美術の窓」誌に中原淳一論、「京都新聞」に野島康三論、「てんとう虫」誌の美術特集に美術鑑賞についてのなど、長短いろいろな原稿依頼を、なんとかすべて入稿。
京都国立近代美術館の「野島康三/ある写真家が見た日本近代」展の内覧会に行く。京都新聞からの依頼で近々一文を書かねばならないので、記者会見にも参加する。
美術館の河本信治さんからの御依頼で、いきなりレセプションパーティの乾杯の音頭をとらされるはめに。
展覧会出品作で一番気になったのは、ひんぱんに被写体として登場して来る「モデルF」という女性である。野島の代表的なポートレイトといえば、女優細川ちか子を撮ったものが有名だが、あれはあまり野島的ではないような気がする。やっぱり野島は「モデルF」であろう。
御前崎近辺の砂丘にて
朝6時起床。7時過ぎホテルチェックアウト。岸本さんと、静岡の掛川に行く。
ここからレンタカーを借りて、御前崎にロケハン。こちらも昨日の草月ホール同様、「硫黄島」をテーマとした映像作品のためのロケハンだった。雨が降ったかと思うと晴れ、晴れたかと思うと雨になるという砂丘のあちこち数カ所を、まさに「行軍」。
掛川から名古屋まで「こだま」、名古屋からは「のぞみ」に乗り換え、やっと大阪にたどりつく。
連絡がはいり、21日22日と連続で合成したデジタルデータ、ハードディスクに問題が生じ、大部分が壊れたという。コンピュータはなにが起こるかわからない。
伝説の赤いベーゼンドルファー/草月ホールにて
朝から草月会館に行く。草月ホール見学のためである。「なにものかへのレクイエム」展のラストを飾る「硫黄島」をテーマとした映像作品のためのロケハン。カメラを回す岸本康さん、かつて草月にいて、現在は写真美術館のキュレーターである藤村里美さんとホール見学。ホールの山口さんにていねいに案内してもらった。世界でも稀なピアノ、赤いベーゼンドルファーを見せてもらう。ジョン・ケージや武満徹が弾き、ヨーゼフ・ボイスもナムジュンパイクとのパフォーマンスで使ったという、戦後美術の証人のようなピアノでもある。ちょっと私も弾いてみる。このピアノを弾く映像のシーンは必ず入れようと、あらためて強く思う。
午後はカード会社の会員誌「てんとう虫」への執筆の打ち合わせ。編集を担当するアダックの井上さんと二時間近く話をする。
その後、新宿のエプサイトギャラリーでの打ち合わせ。今年8月28日から始まるエプサイトでの私の個展「魔舞裸華視/まぶらかし」の作品テストプリント、展示計画などについて、マトリックスの本尾さん、エプサイトギャラリー館長の鵜澤さんら7名ばかりで全体会議をみっちり。
昨日に引き続き、同所で合成作業。1945年のタイムズスクエアでの先勝パレード、藤田嗣治など。すべてが、20世紀という時代へのレクイエム。
合成作業中のデスク
東京某所で、デジタル合成の作業を行う。来年三月から東京都写真美術館で始まる巡回する個展「なにものかへのレクイエム」のための作品。デュシャン、昭和天皇とマッカーサー、イヴ・クラインなどをテーマにした作品を仕上げる。