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	<title>「森村泰昌」芸術研究所 &#187; ときどき日記 by 森村</title>
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		<title>１月９日〜１月１３日（シンガポール日記）</title>
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		<pubDate>Sun, 15 Jan 2012 11:37:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

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		<description><![CDATA[１月９日
関空からお昼前の便でシンガポールに行く。約６時間で夕方にはシンガポールに到着。

（写真１）上空からのシンガポール。停泊する船の数に圧倒される。経済が上昇気流にある証拠である。
空港で、眞田一貫、佐谷周吾、ロザリンの三氏が出迎えてくれる。
イッカンアートギャラリーへ直行。運送会社ヘルトランスの倉庫を改装した、巨大なギャラリーである。ここに私は、４点の壁に投影する映像作品、液晶ディスプレイを用いた作品2点、大きな写真作品３点、小型作品約１０点を展示した。とはいっても、１２月中に行われた展示は、マドリードでの個展展示とかぶっていたため、私自身は立ち会えなかった。だから今回、はじめて空間と展示を見る結果となった。
すばらしい展示だった。細かな点を直せば、さらに質は上がるだろう。１０日の午前に展示の最後の仕上げをすることに決め、この日は終了。みんなで夕食に行く。

（写真２）展示風景。
シンガポール川ほとりのオープンテラスで、眞田さん推奨のチリクラブ（カニを唐辛子入りのスープに煮込んだ料理）などをいただく。カニは、スリランカ産にかぎるとのこと。

（写真３）チリクラブ、美味！
夕食の後、チャイナタウンに短いドライブ。もうすぐチャイナニューイヤー（旧暦の正月）である。チャイナタウンは特にイルミネーションも華やかになる。
１月１０日
午前１１時、イッカンアートギャラリーで展示の最後の仕上げ。ウーファーの岸本康さんが来てくれて、照明を完璧にしてくれた。ぐっと映像作品の雰囲気がよくなる。

（写真４）照明最終調整中
午後、シンガポール料理のチキンライスを是非食すべきとの、佐谷周吾氏の提案を受け、お昼御飯はチキンライスとなる。台湾のコレクター、ルーディ・チェン氏、シュウゴアーツの台湾オフィスのジェニーも合流することになり、ホテルマンダリンオリエンタルの洗練されたチキンライスとなる。

（写真５）　ホテルマンダリンオリエンタルのチキンライス。日本のチキンライスはまったくの別物。
マンダリンを出て、シンガポール国立博物館に行く。オルセー展を観たあと、シンガポールの歴史をたどる資料展示室に行く。シンガポール統一の主人公、李光燿の動く記録映像が印象的だった。
午後６時半、ギャラリーに戻る。本日、オープニングパーティ。大勢の人が押し寄せる。シンガポールの日本大使、鈴木庸一氏にも来ていただき、スピーチをいただく。
個展のことは　The Business Time紙や、The Strait Times紙など大手新聞にも大きく紹介されていた。

（写真６）　個展会場で多くの人々と写真撮影をする。
１１時近く、やっと人がはける。それから関係者達と24時間営業のフードコートで夕食。

（写真７）　フードコート情景

（写真８）　食したメニューのひとつ。
１月１１日
午前中、個展会場でインタヴュー。
お昼は、マリーナベイサンズにある「ハイソサイアティ」という名前のレストランで、関係者一同と昼食。ここは、シンガポールの某アートコレクターの経営するレストラン。

（写真９）　レストラン「ハイソサイアティ」での記念写真
三時から、マリーナベイサンズの地下に位置するコンベンションセンターで開催のシンガポールアートフェア／ART STAGE会場へ。立ちっぱなしでかなり疲れる。
夜８時、夕食は、エスプラナードの中華料理店、「ノーサインボード」。文字通り、看板の出ていない中華料理店なのだが、店内は満員だった。総勢９名で楽しく食事を終了。
その後、夜のシンガポールを徒歩でホテルに向う。途中、シンガポール名物のマーライオンの噴水に出くわす。今回は見る事がないと思っていたが、思わぬ機会を得た。

　(写真１０)　夜のマーライオン
１月１２日
午前１０時半、ラサール芸術大学のシアターに行く。
今日の午後、ここでレクチャーがあるのだが、その準備である。
行くと立派な劇場で、舞台裏にグラウンドピアノもあった。
突然、最後に上映する「海の幸」にあわせて、このピアノを生演奏することを思いつく。
午後１２時半、レクチャー開始。
話をしながらパワーポイントでスクリーンにいろいろ映し出す。
100点の自作を音楽にあわせて上映するスライドショー、ビデオ作品「独裁者」、
ピアノ生演奏つきの「海の幸」上映もやり、無事終了。
終了後、日本語放送のシンガポールのFMラジオのインタヴュー。
大学で軽い昼食を終え、さて、これからいよいよ買い物である。
眞田一貫さんと奥様のミホさんとはここでお別れをする。
ミドリさんとユキさんという力強い味方に助けられ、アラブストリート、オーチャード通りなどでバティック、食品、ブランド物などを買いまくっていると、それなりの時間となる。フライトは午後９時過ぎ。
シンガポールという国の特殊性。サバイバル。国家体制。歴史。人々。様々、考えさせる旅だった。
１月１３日
午前５時過ぎ、羽田着。ここから新幹線で京都駅。京都駅からタクシーで、京都文化博物館に直行。本日午前１０時から、京都美術文化賞記念展オープニングのテープカットがある。じつは前日１２日は、その展示だったのだが、私はシンガポールだった。作品数が足りず、家からまたとってくるというようなこともして、大騒ぎの展示だったと後で聴く。しかし、おかげさまで、すばらしい展示になっていた。感謝。
１１時に移動。中信美術館にて、京都テレビの取材。その後、関係者とお昼御飯に晦庵河道屋の芳香炉。
帰宅は夕方。
シンガポールでは、なにかと寝不足だった。やっと快眠。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１月９日<br />
関空からお昼前の便でシンガポールに行く。約６時間で夕方にはシンガポールに到着。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０１-300x200.jpg" alt="写真０１" title="写真０１" width="300" height="200" class="aligncenter size-medium wp-image-3052" /><br />
（写真１）上空からのシンガポール。停泊する船の数に圧倒される。経済が上昇気流にある証拠である。</p>
<p>空港で、眞田一貫、佐谷周吾、ロザリンの三氏が出迎えてくれる。<br />
イッカンアートギャラリーへ直行。運送会社ヘルトランスの倉庫を改装した、巨大なギャラリーである。ここに私は、４点の壁に投影する映像作品、液晶ディスプレイを用いた作品2点、大きな写真作品３点、小型作品約１０点を展示した。とはいっても、１２月中に行われた展示は、マドリードでの個展展示とかぶっていたため、私自身は立ち会えなかった。だから今回、はじめて空間と展示を見る結果となった。<br />
すばらしい展示だった。細かな点を直せば、さらに質は上がるだろう。１０日の午前に展示の最後の仕上げをすることに決め、この日は終了。みんなで夕食に行く。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０２-300x168.jpg" alt="写真０２" title="写真０２" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3053" /><br />
（写真２）展示風景。</p>
<p>シンガポール川ほとりのオープンテラスで、眞田さん推奨のチリクラブ（カニを唐辛子入りのスープに煮込んだ料理）などをいただく。カニは、スリランカ産にかぎるとのこと。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０３-300x200.jpg" alt="写真０３" title="写真０３" width="300" height="200" class="aligncenter size-medium wp-image-3054" /><br />
（写真３）チリクラブ、美味！</p>
<p>夕食の後、チャイナタウンに短いドライブ。もうすぐチャイナニューイヤー（旧暦の正月）である。チャイナタウンは特にイルミネーションも華やかになる。</p>
<p>１月１０日<br />
午前１１時、イッカンアートギャラリーで展示の最後の仕上げ。ウーファーの岸本康さんが来てくれて、照明を完璧にしてくれた。ぐっと映像作品の雰囲気がよくなる。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０４-300x168.jpg" alt="写真０４" title="写真０４" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3055" /><br />
（写真４）照明最終調整中</p>
<p>午後、シンガポール料理のチキンライスを是非食すべきとの、佐谷周吾氏の提案を受け、お昼御飯はチキンライスとなる。台湾のコレクター、ルーディ・チェン氏、シュウゴアーツの台湾オフィスのジェニーも合流することになり、ホテルマンダリンオリエンタルの洗練されたチキンライスとなる。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０５-300x168.jpg" alt="写真０５" title="写真０５" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3056" /><br />
（写真５）　ホテルマンダリンオリエンタルのチキンライス。日本のチキンライスはまったくの別物。</p>
<p>マンダリンを出て、シンガポール国立博物館に行く。オルセー展を観たあと、シンガポールの歴史をたどる資料展示室に行く。シンガポール統一の主人公、李光燿の動く記録映像が印象的だった。</p>
<p>午後６時半、ギャラリーに戻る。本日、オープニングパーティ。大勢の人が押し寄せる。シンガポールの日本大使、鈴木庸一氏にも来ていただき、スピーチをいただく。<br />
個展のことは　The Business Time紙や、The Strait Times紙など大手新聞にも大きく紹介されていた。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０６-300x168.jpg" alt="写真０６" title="写真０６" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3057" /><br />
（写真６）　個展会場で多くの人々と写真撮影をする。</p>
<p>１１時近く、やっと人がはける。それから関係者達と24時間営業のフードコートで夕食。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０７-300x168.jpg" alt="写真０７" title="写真０７" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3058" /><br />
（写真７）　フードコート情景<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０８-300x168.jpg" alt="写真０８" title="写真０８" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3059" /><br />
（写真８）　食したメニューのひとつ。</p>
<p>１月１１日</p>
<p>午前中、個展会場でインタヴュー。<br />
お昼は、マリーナベイサンズにある「ハイソサイアティ」という名前のレストランで、関係者一同と昼食。ここは、シンガポールの某アートコレクターの経営するレストラン。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真０９-300x168.jpg" alt="写真０９" title="写真０９" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3060" /><br />
（写真９）　レストラン「ハイソサイアティ」での記念写真</p>
<p>三時から、マリーナベイサンズの地下に位置するコンベンションセンターで開催のシンガポールアートフェア／ART STAGE会場へ。立ちっぱなしでかなり疲れる。</p>
<p>夜８時、夕食は、エスプラナードの中華料理店、「ノーサインボード」。文字通り、看板の出ていない中華料理店なのだが、店内は満員だった。総勢９名で楽しく食事を終了。<br />
その後、夜のシンガポールを徒歩でホテルに向う。途中、シンガポール名物のマーライオンの噴水に出くわす。今回は見る事がないと思っていたが、思わぬ機会を得た。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/写真１０-300x168.jpg" alt="写真１０" title="写真１０" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-3061" /><br />
　(写真１０)　夜のマーライオン</p>
<p>１月１２日<br />
午前１０時半、ラサール芸術大学のシアターに行く。<br />
今日の午後、ここでレクチャーがあるのだが、その準備である。<br />
行くと立派な劇場で、舞台裏にグラウンドピアノもあった。<br />
突然、最後に上映する「海の幸」にあわせて、このピアノを生演奏することを思いつく。</p>
<p>午後１２時半、レクチャー開始。<br />
話をしながらパワーポイントでスクリーンにいろいろ映し出す。<br />
100点の自作を音楽にあわせて上映するスライドショー、ビデオ作品「独裁者」、<br />
ピアノ生演奏つきの「海の幸」上映もやり、無事終了。<br />
終了後、日本語放送のシンガポールのFMラジオのインタヴュー。</p>
<p>大学で軽い昼食を終え、さて、これからいよいよ買い物である。<br />
眞田一貫さんと奥様のミホさんとはここでお別れをする。<br />
ミドリさんとユキさんという力強い味方に助けられ、アラブストリート、オーチャード通りなどでバティック、食品、ブランド物などを買いまくっていると、それなりの時間となる。フライトは午後９時過ぎ。<br />
シンガポールという国の特殊性。サバイバル。国家体制。歴史。人々。様々、考えさせる旅だった。</p>
<p>１月１３日<br />
午前５時過ぎ、羽田着。ここから新幹線で京都駅。京都駅からタクシーで、京都文化博物館に直行。本日午前１０時から、京都美術文化賞記念展オープニングのテープカットがある。じつは前日１２日は、その展示だったのだが、私はシンガポールだった。作品数が足りず、家からまたとってくるというようなこともして、大騒ぎの展示だったと後で聴く。しかし、おかげさまで、すばらしい展示になっていた。感謝。<br />
１１時に移動。中信美術館にて、京都テレビの取材。その後、関係者とお昼御飯に晦庵河道屋の芳香炉。<br />
帰宅は夕方。<br />
シンガポールでは、なにかと寝不足だった。やっと快眠。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>１２月１２日〜１８日（マドリード日記）</title>
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		<pubDate>Mon, 26 Dec 2011 03:36:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.morimura-ya.com/?p=2952</guid>
		<description><![CDATA[１２月１２日
個展のため、マドリードへ。関空からお昼過ぎのフライトで、パリ経由マドリード。パリで一色事務所の大舘さんと合流。ホテルについたのは午後１０時。１２月のマドリードは思いのほか暖かかった。
１２月１３日
マドリードの朝はなかなか明けない。８時半をすぎてやっと空が明るくなる。
午前９時に朝食。午後１２時前、ギャラリー・ホアナ・アイズプリに行く。作品はすでに開梱され、立てかけてあった。

＊ １／写真は展示中のギャラリー内。
スペインでは午後１時から４時までが昼休みとなる。展示作業をしていた人々も、２時くらいになると、だんだんもう帰りたそうな顔になる。
２時を大きく回ってから、昼食に行く。ホアナとその娘さんのコンチャ、そして大舘さんと私の４人。イベリコハムのはいったサラダにイチジクのソースがかかったものと、マグロのステーキを注文する。サラダだけでも十分な量。マグロは巨大。

＊ ２／写真は、イベリコハム入り、イチジクのソースがけの大きなお皿のサラダ
明日１４日の夜に、映画館／サークロ・デ・ベラ・アルテを借りて、私のビデオ作品の上映と講演会が企画されている。その下見が今日の６時からということなので、合間を使って、カイシャという銀行が母体となる美術館のドラクロア展を観に行く。
午後６時、映画館に下見に行く。素敵な劇場だった。

＊ ３／写真は、上映会＆レクチャーが予定されている映画館の概観
下見のあと、古いビルをアートセンターにしたスペース／カサ・エンセンディーダで開催中のロシアアバンガルド展などを観て、ホテルに戻る。時差のため、睡魔に襲われる。
今回は、パソコンを持参した。はじめて海外から自分のパソコンでの通信をする。
今、シンガポールでは、来年早々から予定されている個展の設営が行われている。ウーファーの岸本さんが、ビデオ映像の展示にシンガポールに行ってくれているのだが、メールによると、「難行している」とのこと。
１２月１４日
お昼にクロワッサンプレミアムの齊藤さん、写真家の馬場さん、マドリードに住むコーディネーターの小林さんらとホテルロビーで打ち合わせ。プレミアム誌での「マドリードでの美術の旅」特集。
夜８時から、サークロ・デ・ベラ・アルテにて上映会とレクチャー。作者の解説をはさみながらビデオ作品を上映するというアイデア自体は悪くないと思う。なんとかやりおおせたが、改善の余地は多い。終了後、ホアナ、コンチャ、コンチャの旦那パブロ、そしてコレクターやマドリードに住む美術家らと食事。１２時を大きく越えてホテルに戻る。
パソコン通信がイマイチうまく行かない。やればやるほどストレスとなる。
１２月１５日
プレミアム誌取材も兼ねてエスタド・プロにて昼食。エルジブ系をカジュアルに食べさせてくれる店。

＊４／エスタド・プロでの食事
夜、ホアナ・アイズプリでの個展、オープニングパーティ。最後にホアナファミリーとの記念撮影で盛り上がる。
大使館の山口さんと会う。レオナルド・フジタの話で盛り上がる。フジタはスペインを訪れ、展覧会も開催しているとのこと。

＊ ５／記念撮影のためのカメラをセットするお洒落でひょうきんなパブロ
１２月１６日
次第にマドリードも寒くなってくる。
午前に取材２件。その後、プレミアム誌取材を兼ねて、サン・フェルナンド王立アカデミー、マーティングリードなどを見学して後、ゴヤの天上画があるサン・アイントニオ・フロリダ教会に行く。

＊６／フロリダ教会にて
遅い午後をレストラン、ペドロ・ラルンベにて。美味。

＊ ７／写真はレストランの一皿より
一件、写真撮影の取材を終えて、午後８時、プラド美術館の裏口へ。閉館後のプラドでの作品鑑賞と、プレミアム誌のための写真撮影。この通常ではありえない平日の特別許可をホアナがとってくれたのだが、この日本の雑誌取材をモリムラがやっているところを、スペインのTVが取材するということになり、結局大勢のクルーが一緒にプラド内を回ることに。

＊ ８／写真はプラド美術館で
１２月１７日
レイナソフィア美術館、パラシオ・デ・クリスタル、マドリード郊外のCA2Mという小型の美術館などを回る。
昼は、アンダルシア料理、夜はガステルペにてバスク料理。すべて美味で堪能。夜のバスク料理店では、厨房内も見学させてもらった。
今日から人々はクリスマス休暇となる。夜の繁華街は、もうお祭り騒ぎ。日本の正月を思わせる。

＊９／写真は、ガスペルテの厨房にて
１２月１８日
早朝４時過ぎ起床。チェックアウトをすませ空港へ。
マドリードからパリに着くと、シャルルドゴールはストだった。
クリスマス休暇の大勢の客が空港に来ているので、とんでもない混雑に。
結局、通関を済ませるのに３時間以上もかかった。
機内では爆睡。
結局、行き帰りの機内でやろうとしていた原稿四本はほとんど進まなかった。

＊10/写真は、マドリードからパリへの上空で撮影した朝日
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１２月１２日<br />
個展のため、マドリードへ。関空からお昼過ぎのフライトで、パリ経由マドリード。パリで一色事務所の大舘さんと合流。ホテルについたのは午後１０時。１２月のマドリードは思いのほか暖かかった。</p>
<p>１２月１３日<br />
マドリードの朝はなかなか明けない。８時半をすぎてやっと空が明るくなる。<br />
午前９時に朝食。午後１２時前、ギャラリー・ホアナ・アイズプリに行く。作品はすでに開梱され、立てかけてあった。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０１マドリード-300x168.jpg" alt="０１マドリード" title="０１マドリード" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-2953" /><br />
＊ １／写真は展示中のギャラリー内。</p>
<p>スペインでは午後１時から４時までが昼休みとなる。展示作業をしていた人々も、２時くらいになると、だんだんもう帰りたそうな顔になる。<br />
２時を大きく回ってから、昼食に行く。ホアナとその娘さんのコンチャ、そして大舘さんと私の４人。イベリコハムのはいったサラダにイチジクのソースがかかったものと、マグロのステーキを注文する。サラダだけでも十分な量。マグロは巨大。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０２マドリード-300x225.jpg" alt="０２マドリード" title="０２マドリード" width="300" height="225" class="aligncenter size-medium wp-image-2954" /><br />
＊ ２／写真は、イベリコハム入り、イチジクのソースがけの大きなお皿のサラダ</p>
<p>明日１４日の夜に、映画館／サークロ・デ・ベラ・アルテを借りて、私のビデオ作品の上映と講演会が企画されている。その下見が今日の６時からということなので、合間を使って、カイシャという銀行が母体となる美術館のドラクロア展を観に行く。<br />
午後６時、映画館に下見に行く。素敵な劇場だった。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０３マドリード-168x300.jpg" alt="０３マドリード" title="０３マドリード" width="168" height="300" class="aligncenter size-medium wp-image-2955" /><br />
＊ ３／写真は、上映会＆レクチャーが予定されている映画館の概観</p>
<p>下見のあと、古いビルをアートセンターにしたスペース／カサ・エンセンディーダで開催中のロシアアバンガルド展などを観て、ホテルに戻る。時差のため、睡魔に襲われる。<br />
今回は、パソコンを持参した。はじめて海外から自分のパソコンでの通信をする。<br />
今、シンガポールでは、来年早々から予定されている個展の設営が行われている。ウーファーの岸本さんが、ビデオ映像の展示にシンガポールに行ってくれているのだが、メールによると、「難行している」とのこと。</p>
<p>１２月１４日<br />
お昼にクロワッサンプレミアムの齊藤さん、写真家の馬場さん、マドリードに住むコーディネーターの小林さんらとホテルロビーで打ち合わせ。プレミアム誌での「マドリードでの美術の旅」特集。</p>
<p>夜８時から、サークロ・デ・ベラ・アルテにて上映会とレクチャー。作者の解説をはさみながらビデオ作品を上映するというアイデア自体は悪くないと思う。なんとかやりおおせたが、改善の余地は多い。終了後、ホアナ、コンチャ、コンチャの旦那パブロ、そしてコレクターやマドリードに住む美術家らと食事。１２時を大きく越えてホテルに戻る。</p>
<p>パソコン通信がイマイチうまく行かない。やればやるほどストレスとなる。</p>
<p>１２月１５日<br />
プレミアム誌取材も兼ねてエスタド・プロにて昼食。エルジブ系をカジュアルに食べさせてくれる店。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０４マドリード-300x168.jpg" alt="０４マドリード" title="０４マドリード" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-2956" /><br />
＊４／エスタド・プロでの食事</p>
<p>夜、ホアナ・アイズプリでの個展、オープニングパーティ。最後にホアナファミリーとの記念撮影で盛り上がる。<br />
大使館の山口さんと会う。レオナルド・フジタの話で盛り上がる。フジタはスペインを訪れ、展覧会も開催しているとのこと。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０５マドリード-300x168.jpg" alt="０５マドリード" title="０５マドリード" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-2957" /><br />
＊ ５／記念撮影のためのカメラをセットするお洒落でひょうきんなパブロ</p>
<p>１２月１６日<br />
次第にマドリードも寒くなってくる。<br />
午前に取材２件。その後、プレミアム誌取材を兼ねて、サン・フェルナンド王立アカデミー、マーティングリードなどを見学して後、ゴヤの天上画があるサン・アイントニオ・フロリダ教会に行く。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０６マドリード-300x168.jpg" alt="０６マドリード" title="０６マドリード" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-2958" /><br />
＊６／フロリダ教会にて</p>
<p>遅い午後をレストラン、ペドロ・ラルンベにて。美味。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０７マドリード-300x168.jpg" alt="０７マドリード" title="０７マドリード" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-2959" /><br />
＊ ７／写真はレストランの一皿より</p>
<p>一件、写真撮影の取材を終えて、午後８時、プラド美術館の裏口へ。閉館後のプラドでの作品鑑賞と、プレミアム誌のための写真撮影。この通常ではありえない平日の特別許可をホアナがとってくれたのだが、この日本の雑誌取材をモリムラがやっているところを、スペインのTVが取材するということになり、結局大勢のクルーが一緒にプラド内を回ることに。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０８マドリード-300x168.jpg" alt="０８マドリード" title="０８マドリード" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-2960" /><br />
＊ ８／写真はプラド美術館で</p>
<p>１２月１７日<br />
レイナソフィア美術館、パラシオ・デ・クリスタル、マドリード郊外のCA2Mという小型の美術館などを回る。<br />
昼は、アンダルシア料理、夜はガステルペにてバスク料理。すべて美味で堪能。夜のバスク料理店では、厨房内も見学させてもらった。<br />
今日から人々はクリスマス休暇となる。夜の繁華街は、もうお祭り騒ぎ。日本の正月を思わせる。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/０９マドリード-300x168.jpg" alt="０９マドリード" title="０９マドリード" width="300" height="168" class="aligncenter size-medium wp-image-2961" /><br />
＊９／写真は、ガスペルテの厨房にて</p>
<p>１２月１８日<br />
早朝４時過ぎ起床。チェックアウトをすませ空港へ。<br />
マドリードからパリに着くと、シャルルドゴールはストだった。<br />
クリスマス休暇の大勢の客が空港に来ているので、とんでもない混雑に。<br />
結局、通関を済ませるのに３時間以上もかかった。<br />
機内では爆睡。<br />
結局、行き帰りの機内でやろうとしていた原稿四本はほとんど進まなかった。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/１０マドリード-168x300.jpg" alt="１０マドリード" title="１０マドリード" width="168" height="300" class="aligncenter size-medium wp-image-2962" /><br />
＊10/写真は、マドリードからパリへの上空で撮影した朝日</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>１１月２２日〜１２月９日</title>
		<link>http://www.morimura-ya.com/2011/12/09/%ef%bc%91%ef%bc%91%e6%9c%88%ef%bc%92%ef%bc%92%e6%97%a5%e3%80%9c%ef%bc%91%ef%bc%92%e6%9c%88%ef%bc%99%e6%97%a5/</link>
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		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 09:40:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.morimura-ya.com/?p=2930</guid>
		<description><![CDATA[２２日
ヒューストンから来客。
アメリカ人５人と、ヒューストン美術館の中森康文さん。それに加え、神戸大学の池上裕子さん。

＊ 写真は、仕事場での来客の模様
２３日
朝から兵庫県立美術館の榎忠さんの個展を観に行く。
続いてその近くのBBプラザ美術館に、天津大学関係者による写真展「阪神観写真展」を観る。午後、親戚の一家が来訪。
理論社倒産のため絶版になっていた「美しいってなんだろう」が、イーストプレス社から復刊する。
24日〜２５日
筑摩書房のPR誌「ちくま」にて、１２月から連載が始まる「美術、応答せよ！」の原稿を必死で仕上げる。第一回は、東大教授、小林康夫氏への質問に、私が応える内容。
２７日
親戚とチームモリムラだけのごくウチワで、紫綬褒章の記念パーティ。
もうすぐ、１２月だ。マドリードでの個展は１５日がオープン。１４日には、映画館での、私のビデオ作品の上映会とレクチャーがある。これからレクチャーの猛勉強をしなければいけない。
１２月１〜３日
来年春から連載が決まった「花椿」誌で、文章とともに絵（のようなもの）を載せることになった。レイアウトの関係で、絵だけ先に欲しいとの編集部からのリクエストに応えて、いろいろ試行錯誤する。
１日午前、「２０歳の原点」出品作の返却に土方明司さん来訪。
午後、産経の坂下記者来訪。食べ物についての取材。
マドリードでの英語レクチャーの稽古や、その他さまざまなことが山積し。１２月６日の東京に行く予定を返上。東京ステーションギャラリーでのグループ展のオープニングにも行けなかった。
庭のハナミズキが色づき、落ち葉になるので、掃除がたいへんである。

＊写真は、庭のハナミズキ
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２２日<br />
ヒューストンから来客。<br />
アメリカ人５人と、ヒューストン美術館の中森康文さん。それに加え、神戸大学の池上裕子さん。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/お客様--300x225.jpg" alt="お客様" title="お客様" width="300" height="225" class="aligncenter size-medium wp-image-2931" /><br />
＊ 写真は、仕事場での来客の模様</p>
<p>２３日<br />
朝から兵庫県立美術館の榎忠さんの個展を観に行く。<br />
続いてその近くのBBプラザ美術館に、天津大学関係者による写真展「阪神観写真展」を観る。午後、親戚の一家が来訪。</p>
<p>理論社倒産のため絶版になっていた「美しいってなんだろう」が、イーストプレス社から復刊する。</p>
<p>24日〜２５日<br />
筑摩書房のPR誌「ちくま」にて、１２月から連載が始まる「美術、応答せよ！」の原稿を必死で仕上げる。第一回は、東大教授、小林康夫氏への質問に、私が応える内容。</p>
<p>２７日<br />
親戚とチームモリムラだけのごくウチワで、紫綬褒章の記念パーティ。<br />
もうすぐ、１２月だ。マドリードでの個展は１５日がオープン。１４日には、映画館での、私のビデオ作品の上映会とレクチャーがある。これからレクチャーの猛勉強をしなければいけない。</p>
<p>１２月１〜３日<br />
来年春から連載が決まった「花椿」誌で、文章とともに絵（のようなもの）を載せることになった。レイアウトの関係で、絵だけ先に欲しいとの編集部からのリクエストに応えて、いろいろ試行錯誤する。<br />
１日午前、「２０歳の原点」出品作の返却に土方明司さん来訪。<br />
午後、産経の坂下記者来訪。食べ物についての取材。</p>
<p>マドリードでの英語レクチャーの稽古や、その他さまざまなことが山積し。１２月６日の東京に行く予定を返上。東京ステーションギャラリーでのグループ展のオープニングにも行けなかった。</p>
<p>庭のハナミズキが色づき、落ち葉になるので、掃除がたいへんである。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/12/ハナミズキ--203x300.jpg" alt="ハナミズキ" title="ハナミズキ" width="203" height="300" class="aligncenter size-medium wp-image-2932" /><br />
＊写真は、庭のハナミズキ</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>１１月１４〜１６日</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Nov 2011 16:26:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

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		<description><![CDATA[紫綬褒章の伝達式と皇居での拝謁のため東京に向かう。
１５日１１時、如水会館にて伝達式。控えの間で、大竹しのぶさんや種田陽平さん御夫妻とあいさつ。大竹さんとは、１９９９年、蜷川幸雄演出の芝居「パンドラの鐘」で一緒だった。種田さんは、辻仁成監督の映画「フィラメント」の美術監督だった。私はともに「俳優」として出演したのだが、下手でも無謀でもそういうことをしていたおかげで、異分野の人達との交流が生まれた。当時は、「あまり手広くいろいろやるな。美術に専念しろ」あるいは、「もうモリムラは美術の人じゃない」などと言われたりもしたが、今にして思えば、決して悪い事ではなかったと感じる。
細胞生物学の岸本健雄教授夫妻や、情報科学の西尾章治郎教授夫妻とも談笑する。
午後に皇居に行く。天皇陛下は体調がすぐれず、秋篠宮殿下が代行。長い一日が終わる。
帰りに文科省の若い人から、全員に、天皇陛下からの賜物が配られる。四角い箱で、ずっしりと重い。文鎮か何かと思いつつ、ホテルに戻って開けてみると、「菊焼残月」という、大きな三笠饅頭がみっつ入っていた。菊の御紋章の焼き印のある菓子であった。

＊写真は、ホテルからの朝の景色
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>紫綬褒章の伝達式と皇居での拝謁のため東京に向かう。<br />
１５日１１時、如水会館にて伝達式。控えの間で、大竹しのぶさんや種田陽平さん御夫妻とあいさつ。大竹さんとは、１９９９年、蜷川幸雄演出の芝居「パンドラの鐘」で一緒だった。種田さんは、辻仁成監督の映画「フィラメント」の美術監督だった。私はともに「俳優」として出演したのだが、下手でも無謀でもそういうことをしていたおかげで、異分野の人達との交流が生まれた。当時は、「あまり手広くいろいろやるな。美術に専念しろ」あるいは、「もうモリムラは美術の人じゃない」などと言われたりもしたが、今にして思えば、決して悪い事ではなかったと感じる。<br />
細胞生物学の岸本健雄教授夫妻や、情報科学の西尾章治郎教授夫妻とも談笑する。<br />
午後に皇居に行く。天皇陛下は体調がすぐれず、秋篠宮殿下が代行。長い一日が終わる。<br />
帰りに文科省の若い人から、全員に、天皇陛下からの賜物が配られる。四角い箱で、ずっしりと重い。文鎮か何かと思いつつ、ホテルに戻って開けてみると、「菊焼残月」という、大きな三笠饅頭がみっつ入っていた。菊の御紋章の焼き印のある菓子であった。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/11/P1070200-300x225.jpg" alt="P1070200" title="P1070200" width="300" height="225" class="aligncenter size-medium wp-image-2890" /><br />
＊写真は、ホテルからの朝の景色</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>１０月２１日〜１１月８日</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Nov 2011 06:38:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.morimura-ya.com/?p=2880</guid>
		<description><![CDATA[風をひいたり、出かけたり、訪問者があったりと、ばたばた過ごす１０月後半から１１月。
１０月２１日、東京に行く。１１時に東京駅着。１１時半から、ホテルシャングリラのイタリアレストランで軽いランチをとりながら、シュウゴアーツの佐谷周吾さんと、いくつかの用件で打ち合わせ。
午後１時半すぎ、銀座のBLDギャラリーに行く。長澤章生さんと、作品集「肖像 経済」の最終的な打ち合わせをする。
午後３時、アンディウォーホルミュージアムのエリック・シャイナーと一色事務所の大舘さんが来る。BLDの事務所を借りて、近い将来に予定されているアンディウォーホルミュージアムでの個展の打ち合わせを行う。
このあと、資生堂ギャラリーのダヤニータ・シン展のオープニングに行く予定だったが、母親の状態がかんばしくないので、ここまでにして東京駅に直行。帰りぎわ小雨が降る。暑いような暑くないような、じめじめした空気。なんだか頭痛がする。
１０月２２日。朝起きると喉がちょっと痛い。風邪をひいたようだ。
１０月２３日。完全に鼻声になる。午前１１時に、大阪市役所に行く。前に出版された「大阪観考」という本をテーマにした座談会に参加。本の制作にタッチした、ヤノベケンジ、束芋、伊藤存、松井智恵、そしてこの本の企画者である木ノ下智恵子さんらと壇上で約２時間しゃべる。終了後、かなり状態が悪くなり、帰って寝込む。
１０月２４日。朝から近くの内科医院に行く。ずっと寝込む。夜かなり苦しかった。この週に計画していた様々な仕事をすべてキャンセルする。
１０月２６日。紫綬褒章受章の記者会見を行う。これは中止に出来ず敢行。毎日、読売、産経、共同通信、時事通信の各社記者がそれぞれのカメラマンと同行で来訪。かなりの人数になる。

＊写真　取材を受けるモリムラ
１０月２８日。読売新聞者の木村未来記者と、正倉院展の取材で奈良に行く。じつはこれがはじめての正倉院展である。まだオープン前なので、じっくり拝見。行くと、やっぱり面白い。私は伎楽面について語ることに。
岩波書店より、「対談集　なにものかへのレクイエム〜２０世紀を思考する」が発売。
１０月２９日。母の体調が思わしくないので、内科医院に連れて行く。精神的な原因が大きいという判断。ほんとうだろうか。
１０月３０日〜３１日にかけて、マドリッドで１２月に開催する個展とあわせて計画されている、映像上映会＋レクシャーの原稿を練る。雑事が多く、なかなか落ち着いて原稿が出来ないが、早朝や夜に時間をすこしずつ作る。
１１月２日。紫綬褒章発表の報道がなされる。電報、花などが押し寄せる。
１１月3日。スロベニアから帰国中の小池健輔さん来訪。
１１月４日。東京に行く。マドリッド出展作品のプリント仕上がりのチェックのため、写真弘社に行く。その後、銀座の資生堂ギャラリー近辺で３つほど、打ち合わせなどをする。
イラストレーター杉本裕子さんの訃報がはいる。杉本さんは、京都芸術短期大学で私が非常勤講師をしていた頃の教え子である。女優シリーズのメイク担当でもあった。その後、イラストレーターとして独立。学生時代から絵のうまい人だった。自分の好きなものが明確だった。その「自分の好きなもの」が社会にどう受け入れられるかと悩み、学生時代はずいぶん相談を受けたものだった。しかし、プロのイラストレーターになってからは、その「自分の好きなもの」をうまくコントロールして、すばらしい絵を描く人に成長した。最近は会う機会が少なかったので、訃報に愕然とした。言葉が出て来ない。
１１月５日〜７日。鹿児島に行く。南日本美術展の審査員。今年で私は五年目になる。昨年までご一緒していた草薙奈津子氏にかわり、今年から絹谷幸二氏が参加。昨年同様、建畠アキラ氏と文田哲雄氏は参加。鹿児島は26 度まで気温があがり、まるで初夏のよう。
１１月８日。シュウゴアーツの佐谷周吾氏、来訪。来年のシュウゴアーツでの個展、シンガポール展などについて打ち合わせ。東京国立近代美術館の保坂健二朗氏来訪。来年のモスクワでの企画展についての打ち合わせを行う。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>風をひいたり、出かけたり、訪問者があったりと、ばたばた過ごす１０月後半から１１月。</p>
<p>１０月２１日、東京に行く。１１時に東京駅着。１１時半から、ホテルシャングリラのイタリアレストランで軽いランチをとりながら、シュウゴアーツの佐谷周吾さんと、いくつかの用件で打ち合わせ。<br />
午後１時半すぎ、銀座のBLDギャラリーに行く。長澤章生さんと、作品集「肖像 経済」の最終的な打ち合わせをする。<br />
午後３時、アンディウォーホルミュージアムのエリック・シャイナーと一色事務所の大舘さんが来る。BLDの事務所を借りて、近い将来に予定されているアンディウォーホルミュージアムでの個展の打ち合わせを行う。<br />
このあと、資生堂ギャラリーのダヤニータ・シン展のオープニングに行く予定だったが、母親の状態がかんばしくないので、ここまでにして東京駅に直行。帰りぎわ小雨が降る。暑いような暑くないような、じめじめした空気。なんだか頭痛がする。</p>
<p>１０月２２日。朝起きると喉がちょっと痛い。風邪をひいたようだ。</p>
<p>１０月２３日。完全に鼻声になる。午前１１時に、大阪市役所に行く。前に出版された「大阪観考」という本をテーマにした座談会に参加。本の制作にタッチした、ヤノベケンジ、束芋、伊藤存、松井智恵、そしてこの本の企画者である木ノ下智恵子さんらと壇上で約２時間しゃべる。終了後、かなり状態が悪くなり、帰って寝込む。</p>
<p>１０月２４日。朝から近くの内科医院に行く。ずっと寝込む。夜かなり苦しかった。この週に計画していた様々な仕事をすべてキャンセルする。</p>
<p>１０月２６日。紫綬褒章受章の記者会見を行う。これは中止に出来ず敢行。毎日、読売、産経、共同通信、時事通信の各社記者がそれぞれのカメラマンと同行で来訪。かなりの人数になる。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/11/記者会見--225x300.jpg" alt="記者会見" title="記者会見" width="225" height="300" class="aligncenter size-medium wp-image-2881" /><br />
＊写真　取材を受けるモリムラ</p>
<p>１０月２８日。読売新聞者の木村未来記者と、正倉院展の取材で奈良に行く。じつはこれがはじめての正倉院展である。まだオープン前なので、じっくり拝見。行くと、やっぱり面白い。私は伎楽面について語ることに。</p>
<p>岩波書店より、「対談集　なにものかへのレクイエム〜２０世紀を思考する」が発売。</p>
<p>１０月２９日。母の体調が思わしくないので、内科医院に連れて行く。精神的な原因が大きいという判断。ほんとうだろうか。</p>
<p>１０月３０日〜３１日にかけて、マドリッドで１２月に開催する個展とあわせて計画されている、映像上映会＋レクシャーの原稿を練る。雑事が多く、なかなか落ち着いて原稿が出来ないが、早朝や夜に時間をすこしずつ作る。</p>
<p>１１月２日。紫綬褒章発表の報道がなされる。電報、花などが押し寄せる。</p>
<p>１１月3日。スロベニアから帰国中の小池健輔さん来訪。</p>
<p>１１月４日。東京に行く。マドリッド出展作品のプリント仕上がりのチェックのため、写真弘社に行く。その後、銀座の資生堂ギャラリー近辺で３つほど、打ち合わせなどをする。</p>
<p>イラストレーター杉本裕子さんの訃報がはいる。杉本さんは、京都芸術短期大学で私が非常勤講師をしていた頃の教え子である。女優シリーズのメイク担当でもあった。その後、イラストレーターとして独立。学生時代から絵のうまい人だった。自分の好きなものが明確だった。その「自分の好きなもの」が社会にどう受け入れられるかと悩み、学生時代はずいぶん相談を受けたものだった。しかし、プロのイラストレーターになってからは、その「自分の好きなもの」をうまくコントロールして、すばらしい絵を描く人に成長した。最近は会う機会が少なかったので、訃報に愕然とした。言葉が出て来ない。</p>
<p>１１月５日〜７日。鹿児島に行く。南日本美術展の審査員。今年で私は五年目になる。昨年までご一緒していた草薙奈津子氏にかわり、今年から絹谷幸二氏が参加。昨年同様、建畠アキラ氏と文田哲雄氏は参加。鹿児島は26 度まで気温があがり、まるで初夏のよう。</p>
<p>１１月８日。シュウゴアーツの佐谷周吾氏、来訪。来年のシュウゴアーツでの個展、シンガポール展などについて打ち合わせ。東京国立近代美術館の保坂健二朗氏来訪。来年のモスクワでの企画展についての打ち合わせを行う。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>１０月６日</title>
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		<pubDate>Tue, 11 Oct 2011 22:03:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

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		<description><![CDATA[シンガポールの真田一貫氏が来訪。シュウゴアーツの佐谷周吾氏、ウーファーアートドキュメンタリーの岸本康氏らとともに、
来年はじめにシンガポールで開催予定の個展についての打ち合わせをする。展示計画、展覧会タイトルなども決定。
長時間にわたり、真田氏よりシンガポールという国の成り立ちなどを聞く。
９月から１０月にかけて、いらないものの片付けをしている。いらないものを残しておくと、いらないものが増えすぎて、
ほんとうにいるものがどこにあるのかもわからなくなる。と同時に、今はいらないと思えても、将来それが貴重になって
くる可能性もある。片付けや整理は難しいが、思い切った切り捨ての気持ちは大切である。
１０月１１日に校了を迎える出版物の原稿とにらめっこしている。2010年を中心に催された対談をまとめた本である。
鈴木邦男、福岡伸一、平野啓一郎、上野千鶴子、藤原帰一、やなぎみわ、高橋源一郎の各氏との対談集である。
シンガポール展の打ち合わせ終了後、夕刊で、スティーヴ・ジョブズ死去の報道を読む。
庭の酔芙蓉につぼみがつく。
ピラカンサスの実が色づきはじめる。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>シンガポールの真田一貫氏が来訪。シュウゴアーツの佐谷周吾氏、ウーファーアートドキュメンタリーの岸本康氏らとともに、<br />
来年はじめにシンガポールで開催予定の個展についての打ち合わせをする。展示計画、展覧会タイトルなども決定。<br />
長時間にわたり、真田氏よりシンガポールという国の成り立ちなどを聞く。</p>
<p>９月から１０月にかけて、いらないものの片付けをしている。いらないものを残しておくと、いらないものが増えすぎて、<br />
ほんとうにいるものがどこにあるのかもわからなくなる。と同時に、今はいらないと思えても、将来それが貴重になって<br />
くる可能性もある。片付けや整理は難しいが、思い切った切り捨ての気持ちは大切である。</p>
<p>１０月１１日に校了を迎える出版物の原稿とにらめっこしている。2010年を中心に催された対談をまとめた本である。<br />
鈴木邦男、福岡伸一、平野啓一郎、上野千鶴子、藤原帰一、やなぎみわ、高橋源一郎の各氏との対談集である。</p>
<p>シンガポール展の打ち合わせ終了後、夕刊で、スティーヴ・ジョブズ死去の報道を読む。</p>
<p>庭の酔芙蓉につぼみがつく。<br />
ピラカンサスの実が色づきはじめる。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>8月8日～17日</title>
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		<pubDate>Wed, 17 Aug 2011 00:38:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.morimura-ya.com/?p=2783</guid>
		<description><![CDATA[　８月８日、急遽東京に行くことになった。岩手県立美術館で１０月から開催の予定で進めていた個展「森村泰昌『人間風景』〜萬鉄五郎 松本竣介 舟越保武のために」を中止せざるを得なくなり、関係者が集まって会議を開くことになったからである。
　出品作品は８割方出来つつあった。一踏ん張りして完成に向かおうとしていた時期だったが、すべてを中断した。
　中止の理由は、舟越保武作品の著作権者からの申し出による。舟越作品を彷彿とさせるイメージの使用について合意が得られなかったためである。詳しいいきさつや、私が構想した作品内容、あるいは、人それぞれの舟越保武作品への「思い」について等々、語るべき事はたくさんあるが、今は触れないでおく。
　思えば３月１１日を境に、2011年という年をどう過ごすかという選択について、誰もが、当初の予測とはまったく違ってしまうことになっただろう。私の場合は、岩手県立美術館に巡回するはずであった「まねぶ美術史」展が中止になり、そのことをそのまま受け入れることができず、この巡回展に変わる別の展覧会を立ち上げたいと考えることになった。岩手に何度も通い、展覧会の準備に邁進し、その間に、多くの人々の協力や興味も増え、いよいよプレスリリースやポスターを作るところまで歩を進めて来たが、そこまでとなった。
　想い出すのは、岩手での７月21日から25日までの滞在で、ビデオ作品のためのロケを敢行した時のことである。私は、岩手の美しい自然の風景を撮りたかった。この岩手の見事に美しい自然の力が、いっぽうでは大きな悲劇を生む非情のちからにもなる。そういう自然の両局面は、人間自身が持つ両局面でもあるだろう。そんな風に考えて、慣れない登山をし、八幡平のモッコ岳に行った。お昼前の頂上からの360度のながめは素晴らしく、これなら夕暮れはもっと美しいに違いないと確信し、下山後、再び夕暮れのモッコ岳を目指した。昨日でも明日でも見られなかった岩手の至宝の美を見た気がした。
　その翌日は盛岡から陸前高田と大船渡へと向かった。私にとっては４度目の被災地であった。モッコ岳をビデオ映像にするだけなら、誰もが歓迎する行為であろう。しかし被災地という悲劇の場所でカメラをまわすことには抵抗も感じた。かつて阪神淡路大震災の時、大阪に住む私は、一歩も被災地に足を踏み入れなかった。「ボランティア活動をやらなくても、この風景を目撃しておくことは重要だよ」と何人もの知人からアドバイスを受けたが、私は頑固に拒否し続けた。その選択が間違っていたとは今も思っていない。だが、今回はなぜか積極的に被災地に赴こうと考えた。どちらの選択が正しいのかはわからない。1995年に私の取った態度と、2011年に取った態度が180度違っている事に、ブレがあるとも思えない。ともかく以前は当地に赴くのを拒否し、今回は何度も足を運び、赴くだけでなく、当地で作品作りまでしようと決めたのだった。
　被災地でのロケの日、震度４〜５の地震があった。私はメイクの最中だった。
メイクと地震。この奇妙な取り合わせこそが、芸術というものの、なかなか一般的には理解されない現場の有り様である。
　被災地を背景にした現地での撮影の最中、「なにをしているのですか」と問う人がいた。事情を説明すると、「がんばってください」と返事があった。批判の言葉を浴びせられると覚悟していたが、真逆の反応だったので驚いた。非常時に、かえって人は人に優しくなれるものなのかもしれない。
　被災地から、ぐったり疲れて夜遅く美術館に戻ると、館長を始め、主要な美術館の関係者が我々一行を待ってくれていた。そして、問題が発生したと伝えられた。

＊岩手／八幡平のモッコ岳山頂にて（2011年７月22日）
　岩手でのロケから大阪に帰ってすぐに、萬鉄五郎の自画像をテーマにした写真作品の準備と撮影をした。どんどんやらないとタイムリミットになる。松本竣介のための作品も徐々に形にしていった。展覧会内容の書籍化も実現できそうなので、そのための文章も書き始めていた。そして葛西薫さんが、すばらしいポスターとチラシのデザインを提案してくださった。それも無料で！
　こんなふうに、開催に向けてあわただしく準備を進めていたが、ついに８日の最終会議となった。
　午後４時半、会議が終了。「人間風景」展の中止が正式に決定した。「非常時の芸術」を考えるために、萬、松本、舟越の三人の芸術家をテーマにしたかった。しかし舟越が抜けるのであれば、やる意味はない。中途半端なことをするのなら、リスクを負ってでも、全面中止にすべきと考えた。多くの関係者や協力者、理解者に、中止の連絡とお詫びをしないといけない。様々な関連の催しもすべて取りやめになるわけだから、早くそのことを伝えなければならない。大きな取材をしてくれることになっていた雑誌や、私が提案していた某雑誌での座談会にも欠席の連絡をしなければならない。うんざりするほどたくさんの事後処理がある。いや、そんなことはいい。はっきり言おう。今回のことで、私は非常に傷ついた。表現する人間が、その表現の自由を奪われることで、どれだけ傷を負うか、他人にはあまり理解は出来ないかもしれない。いや、そんなこともどうだっていい。今回発表できなかったビデオ作品のいったいどこがいけないのだろう。私にはそれがどうしてもわからない。このビデオ作品が、舟越保武やその作品を穢すものであるなら、納得もできよう。しかしどう考えても、どうながめても、その逆なのだ。そのことが理解されないことがいたたまれなく悲しい。私はこのビデオ作品を、舟越保武作品が好きな人にぜひ見てほしい。岩手の人達にも見てほしい。むろん、さらに多くの人達にも見てほしい。そしてほんとうにこの作品の公表がいけないことなのかどうか、ぜひ教えてほしい。
８月１０日。昨日と一昨日、夜に大きな叫び声をあげて、自分でもびっくりして目が覚めた。平常心でいるつもりであっても、どこかで抑えきれないものがある。最近、母親の食欲がないので心配だったが、先日の胃カメラ検査の結果は良好だったのでひと安心である。胃がん摘出から３年目になる。そんな母親は、「岩手での展覧会がなくなったんやったら、夏休みしたらええがな。それにしてもぎょうさん無駄遣いしたなあ」と言う。神経の細い人なので、今回のトラブルがストレスになることが心配である。もう夢で叫んだりはしないでおこう。
ともかく、今年前半を賭して用意してきた岩手での展覧会はなくなった。
一旦すべてを忘れるために、ささやかな夏休みをとろう。
悲しい夏休みだが、2011年という特別な年の想い出としては、それもいい過ごし方かもしれない。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　８月８日、急遽東京に行くことになった。岩手県立美術館で１０月から開催の予定で進めていた個展「森村泰昌『人間風景』〜萬鉄五郎 松本竣介 舟越保武のために」を中止せざるを得なくなり、関係者が集まって会議を開くことになったからである。<br />
　出品作品は８割方出来つつあった。一踏ん張りして完成に向かおうとしていた時期だったが、すべてを中断した。<br />
　中止の理由は、舟越保武作品の著作権者からの申し出による。舟越作品を彷彿とさせるイメージの使用について合意が得られなかったためである。詳しいいきさつや、私が構想した作品内容、あるいは、人それぞれの舟越保武作品への「思い」について等々、語るべき事はたくさんあるが、今は触れないでおく。</p>
<p>　思えば３月１１日を境に、2011年という年をどう過ごすかという選択について、誰もが、当初の予測とはまったく違ってしまうことになっただろう。私の場合は、岩手県立美術館に巡回するはずであった「まねぶ美術史」展が中止になり、そのことをそのまま受け入れることができず、この巡回展に変わる別の展覧会を立ち上げたいと考えることになった。岩手に何度も通い、展覧会の準備に邁進し、その間に、多くの人々の協力や興味も増え、いよいよプレスリリースやポスターを作るところまで歩を進めて来たが、そこまでとなった。</p>
<p>　想い出すのは、岩手での７月21日から25日までの滞在で、ビデオ作品のためのロケを敢行した時のことである。私は、岩手の美しい自然の風景を撮りたかった。この岩手の見事に美しい自然の力が、いっぽうでは大きな悲劇を生む非情のちからにもなる。そういう自然の両局面は、人間自身が持つ両局面でもあるだろう。そんな風に考えて、慣れない登山をし、八幡平のモッコ岳に行った。お昼前の頂上からの360度のながめは素晴らしく、これなら夕暮れはもっと美しいに違いないと確信し、下山後、再び夕暮れのモッコ岳を目指した。昨日でも明日でも見られなかった岩手の至宝の美を見た気がした。</p>
<p>　その翌日は盛岡から陸前高田と大船渡へと向かった。私にとっては４度目の被災地であった。モッコ岳をビデオ映像にするだけなら、誰もが歓迎する行為であろう。しかし被災地という悲劇の場所でカメラをまわすことには抵抗も感じた。かつて阪神淡路大震災の時、大阪に住む私は、一歩も被災地に足を踏み入れなかった。「ボランティア活動をやらなくても、この風景を目撃しておくことは重要だよ」と何人もの知人からアドバイスを受けたが、私は頑固に拒否し続けた。その選択が間違っていたとは今も思っていない。だが、今回はなぜか積極的に被災地に赴こうと考えた。どちらの選択が正しいのかはわからない。1995年に私の取った態度と、2011年に取った態度が180度違っている事に、ブレがあるとも思えない。ともかく以前は当地に赴くのを拒否し、今回は何度も足を運び、赴くだけでなく、当地で作品作りまでしようと決めたのだった。<br />
　被災地でのロケの日、震度４〜５の地震があった。私はメイクの最中だった。<br />
メイクと地震。この奇妙な取り合わせこそが、芸術というものの、なかなか一般的には理解されない現場の有り様である。<br />
　被災地を背景にした現地での撮影の最中、「なにをしているのですか」と問う人がいた。事情を説明すると、「がんばってください」と返事があった。批判の言葉を浴びせられると覚悟していたが、真逆の反応だったので驚いた。非常時に、かえって人は人に優しくなれるものなのかもしれない。<br />
　被災地から、ぐったり疲れて夜遅く美術館に戻ると、館長を始め、主要な美術館の関係者が我々一行を待ってくれていた。そして、問題が発生したと伝えられた。</p>
<p><img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/08/日記用写真　福島20110817-400x266.jpg" alt="日記用写真　福島20110817" title="日記用写真　福島20110817" width="400" height="266" class="aligncenter size-large wp-image-2784" /></p>
<p>＊岩手／八幡平のモッコ岳山頂にて（2011年７月22日）</p>
<p>　岩手でのロケから大阪に帰ってすぐに、萬鉄五郎の自画像をテーマにした写真作品の準備と撮影をした。どんどんやらないとタイムリミットになる。松本竣介のための作品も徐々に形にしていった。展覧会内容の書籍化も実現できそうなので、そのための文章も書き始めていた。そして葛西薫さんが、すばらしいポスターとチラシのデザインを提案してくださった。それも無料で！</p>
<p>　こんなふうに、開催に向けてあわただしく準備を進めていたが、ついに８日の最終会議となった。<br />
　午後４時半、会議が終了。「人間風景」展の中止が正式に決定した。「非常時の芸術」を考えるために、萬、松本、舟越の三人の芸術家をテーマにしたかった。しかし舟越が抜けるのであれば、やる意味はない。中途半端なことをするのなら、リスクを負ってでも、全面中止にすべきと考えた。多くの関係者や協力者、理解者に、中止の連絡とお詫びをしないといけない。様々な関連の催しもすべて取りやめになるわけだから、早くそのことを伝えなければならない。大きな取材をしてくれることになっていた雑誌や、私が提案していた某雑誌での座談会にも欠席の連絡をしなければならない。うんざりするほどたくさんの事後処理がある。いや、そんなことはいい。はっきり言おう。今回のことで、私は非常に傷ついた。表現する人間が、その表現の自由を奪われることで、どれだけ傷を負うか、他人にはあまり理解は出来ないかもしれない。いや、そんなこともどうだっていい。今回発表できなかったビデオ作品のいったいどこがいけないのだろう。私にはそれがどうしてもわからない。このビデオ作品が、舟越保武やその作品を穢すものであるなら、納得もできよう。しかしどう考えても、どうながめても、その逆なのだ。そのことが理解されないことがいたたまれなく悲しい。私はこのビデオ作品を、舟越保武作品が好きな人にぜひ見てほしい。岩手の人達にも見てほしい。むろん、さらに多くの人達にも見てほしい。そしてほんとうにこの作品の公表がいけないことなのかどうか、ぜひ教えてほしい。</p>
<p>８月１０日。昨日と一昨日、夜に大きな叫び声をあげて、自分でもびっくりして目が覚めた。平常心でいるつもりであっても、どこかで抑えきれないものがある。最近、母親の食欲がないので心配だったが、先日の胃カメラ検査の結果は良好だったのでひと安心である。胃がん摘出から３年目になる。そんな母親は、「岩手での展覧会がなくなったんやったら、夏休みしたらええがな。それにしてもぎょうさん無駄遣いしたなあ」と言う。神経の細い人なので、今回のトラブルがストレスになることが心配である。もう夢で叫んだりはしないでおこう。</p>
<p>ともかく、今年前半を賭して用意してきた岩手での展覧会はなくなった。<br />
一旦すべてを忘れるために、ささやかな夏休みをとろう。<br />
悲しい夏休みだが、2011年という特別な年の想い出としては、それもいい過ごし方かもしれない。</p>
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		<item>
		<title>７月９日～１９日</title>
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		<pubDate>Wed, 20 Jul 2011 11:27:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.morimura-ya.com/?p=2730</guid>
		<description><![CDATA[７月９日
クロワッサンプレミアムの取材旅行で、香川のこんぴらさんに伊藤若冲と高橋由一を観に行く。続いて、鳴門の大塚国際美術館に行く。プレミアム副編集長の齊藤さん、カメラの馬場さん、ライターの藤原さんとの四人旅である。
７月１０日
引き続き取材旅行。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、井原市の平櫛田中記念館などを探訪。もの凄い暑さだった。
７月１３日
再びクロワッサンプレミアムの旅に出る。まずは青森に飛び、青森県立美術館へ。目的は棟方志功だったが、巨大なシャガールに驚く。シャガールは絵がうまい、とあらためて感服。そのあと、棟方志功記念館と浅虫温泉の椿館に行き、棟方志功作品を鑑賞。逗留は、岡本太郎の巨大な暖炉がある奥入瀬渓流ホテルで。
７月１４
八戸から盛岡の岩手県立美術館に移動。福田パンによって後、岩手の花巻に行く。宮澤賢治記念館、イギリス海岸、花巻農業高校敷地内の賢治の住家の復元などを観る。
７月１５日
花巻の毘沙門天を拝観したあと、萬鉄五郎記念美術館を訪れる。午後２時のフライトで花巻を発つ。
７月１６日
２１日からの岩手でのロケ（ビデオ映像作品）のための衣装打ち合わせ。舟越保武のダミアン神父像をテーマにする。マスクや作った手なども使うので、そういう重要な小物のための打ち合せもやる。
７月１７日
松本竣介の「立てる像」に基づく作品をやり始める。このために撮ったいろいろな写真のモノクロコピーをコラージュして、その上からパステルで色をつける。ちょっと松本竣介風になる
７月１８日
萬鉄五郎の自画像をテーマに作品を作るので、その服の打ち合わせや実験を行う。思いのほか時間がかかった。異常に蒸し暑い一日で、かなり疲れる。時間を見つけては仕上げたクロワッサンプレミアムの旅エッセー、完成させメールで送る。21日からのロケ作品のためのシナリオ、絵コンテ、それに作中で私が行う朗読のための文章の作成などもやる。たくさんのやることがある。
７月１９日
２１日からの準備に明け暮れるうちに夕方となる。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>７月９日<br />
クロワッサンプレミアムの取材旅行で、香川のこんぴらさんに伊藤若冲と高橋由一を観に行く。続いて、鳴門の大塚国際美術館に行く。プレミアム副編集長の齊藤さん、カメラの馬場さん、ライターの藤原さんとの四人旅である。</p>
<p>７月１０日<br />
引き続き取材旅行。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、井原市の平櫛田中記念館などを探訪。もの凄い暑さだった。</p>
<p>７月１３日<br />
再びクロワッサンプレミアムの旅に出る。まずは青森に飛び、青森県立美術館へ。目的は棟方志功だったが、巨大なシャガールに驚く。シャガールは絵がうまい、とあらためて感服。そのあと、棟方志功記念館と浅虫温泉の椿館に行き、棟方志功作品を鑑賞。逗留は、岡本太郎の巨大な暖炉がある奥入瀬渓流ホテルで。</p>
<p>７月１４<br />
八戸から盛岡の岩手県立美術館に移動。福田パンによって後、岩手の花巻に行く。宮澤賢治記念館、イギリス海岸、花巻農業高校敷地内の賢治の住家の復元などを観る。</p>
<p>７月１５日<br />
花巻の毘沙門天を拝観したあと、萬鉄五郎記念美術館を訪れる。午後２時のフライトで花巻を発つ。</p>
<p>７月１６日<br />
２１日からの岩手でのロケ（ビデオ映像作品）のための衣装打ち合わせ。舟越保武のダミアン神父像をテーマにする。マスクや作った手なども使うので、そういう重要な小物のための打ち合せもやる。</p>
<p>７月１７日<br />
松本竣介の「立てる像」に基づく作品をやり始める。このために撮ったいろいろな写真のモノクロコピーをコラージュして、その上からパステルで色をつける。ちょっと松本竣介風になる</p>
<p>７月１８日<br />
萬鉄五郎の自画像をテーマに作品を作るので、その服の打ち合わせや実験を行う。思いのほか時間がかかった。異常に蒸し暑い一日で、かなり疲れる。時間を見つけては仕上げたクロワッサンプレミアムの旅エッセー、完成させメールで送る。21日からのロケ作品のためのシナリオ、絵コンテ、それに作中で私が行う朗読のための文章の作成などもやる。たくさんのやることがある。</p>
<p>７月１９日<br />
２１日からの準備に明け暮れるうちに夕方となる。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>７月２日～７日</title>
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		<pubDate>Fri, 08 Jul 2011 15:30:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.morimura-ya.com/?p=2720</guid>
		<description><![CDATA[７月２日
京都大学で開催の表象文化学会で、小林康夫教授との対談を行う。「感受性は『私』が傷つく事によって培われる」という教授の発言が強く印象に残った。
７月４日
撮影。松本竣介の「立てる像」をテーマに。
しかしうまく行かない。午前１０時からはじめて、夜の１１時過ぎまでかかる。
７月５日
日本橋の高島屋Xギャラリーでの個展準備のため東京に行く。
順調に進み、とてもいい感じの展示ができる。
７月６日
午前中に鎌倉の神奈川県立近代美術館に行く。「立てる像」を鑑賞する。
とんぼ返りで午後１時、高島屋へ。北野恒富のお孫さんである北野悦子さんや、竹内栖鳳のお孫さんである伊藤さんにお会いする。その後、客足が途切れず、結局昼食抜きとなる。６時半、高島屋を出て、東京駅から大阪に戻る。
７月７日
岩手での個展について考える。なにか私の中で足踏みするものがある。なぜ私はこの展覧会をやるのだろう。「立てる像」をテーマにした作品を制作中だが、はたして今の方針で突き進んでいっていいのだろうか。私はいったいどこに「立つ」べきなのか。しかし時間はない。いろいろな準備が急がれる。特に７月21日から始まる岩手ロケによるビデオ作品の準備をすべきなのだが、体も頭も動かない。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>７月２日<br />
京都大学で開催の表象文化学会で、小林康夫教授との対談を行う。「感受性は『私』が傷つく事によって培われる」という教授の発言が強く印象に残った。</p>
<p>７月４日<br />
撮影。松本竣介の「立てる像」をテーマに。<br />
しかしうまく行かない。午前１０時からはじめて、夜の１１時過ぎまでかかる。</p>
<p>７月５日<br />
日本橋の高島屋Xギャラリーでの個展準備のため東京に行く。<br />
順調に進み、とてもいい感じの展示ができる。</p>
<p>７月６日<br />
午前中に鎌倉の神奈川県立近代美術館に行く。「立てる像」を鑑賞する。<br />
とんぼ返りで午後１時、高島屋へ。北野恒富のお孫さんである北野悦子さんや、竹内栖鳳のお孫さんである伊藤さんにお会いする。その後、客足が途切れず、結局昼食抜きとなる。６時半、高島屋を出て、東京駅から大阪に戻る。</p>
<p>７月７日<br />
岩手での個展について考える。なにか私の中で足踏みするものがある。なぜ私はこの展覧会をやるのだろう。「立てる像」をテーマにした作品を制作中だが、はたして今の方針で突き進んでいっていいのだろうか。私はいったいどこに「立つ」べきなのか。しかし時間はない。いろいろな準備が急がれる。特に７月21日から始まる岩手ロケによるビデオ作品の準備をすべきなのだが、体も頭も動かない。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>２月１９日〜２８日</title>
		<link>http://www.morimura-ya.com/2011/03/03/%ef%bc%92%e6%9c%88%ef%bc%91%ef%bc%99%e6%97%a5%e3%80%9c%ef%bc%92%ef%bc%98%e6%97%a5/</link>
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		<pubDate>Thu, 03 Mar 2011 13:52:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ときどき日記 by 森村]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.morimura-ya.com/?p=2456</guid>
		<description><![CDATA[２月１９日
松岡正剛さんの関係するビデオ収録のため東京に行く。
松岡事務所で、私がひとりでセイゴウさんの大仕事「千夜千冊」について語る手筈が、結果的に、セイゴウさんとの対談にまで発展してしまう。
その後、銀座のBLDギャラリーで、「肖像 経済、その他」展の打ち合わせ。
ヤノベケンジさんに久しぶりに会う。今、同ギャラリーで個展中の中平卓馬さんにも会う。
２月２２日〜２４日
「カラヴァッジョ／メデュウサ」のためのヘビの作り物（ワニトラ／田中さんの力作）と背景の彩色を行う。ひさしぶりに絵を描く感覚は楽しい。

＊写真は、カラヴァッジョ原画と、彩色中のヘビ頭と背景
２月２５日
東京に行き、昼食を取りながら、佐谷周吾さん、中澤章生さんと、「肖像 経済」展の打ち合わせを行う。
その後、日本橋高島屋で、別件の打ち合わせ。高島屋創業１８０年を記念して、記念作品を私が制作することになり、その打ち合わせである。私は北野恒富の描いた女性像をテーマにしたいと考えている。
高島屋を出て、シュウゴアーツへ。トップアート／泉沢さんと、「カラヴァッジョ／メデュウサ」の額装の打ち合わせ。その後、東京大学の小林康夫教授と学生さん達とギャラリーで懇談。
夕方、一路新宿の京王プラザホテルでの細江英公さんの文化功労者顕彰のお祝いパーティに列席。夜遅く、大阪に戻る。
２月２６日
兵庫県立美術館で、やなぎみわさんとのトーク。トークの後も、やなぎさんと長時間話をする。なにか肝心の重要な話はまだしていないように思える。それは今後のことだろう。
２月２７日
カラヴァッジョ／メデュウサの本番撮影を午前から、夜遅くまで実施。

＊写真は、試行錯誤のポラロイド。
２月２８日
日曜美術館のレンブラント特集に出演依頼があり、その打ち合わせをする。
1994年に「レンブラントの部屋」展を原美術館で開催したのだが、あれからだいぶん年月が経ち、私のレンブラント論もだいぶん変わってきた。そのあたりもテレビで話せたらいいなと思う。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２月１９日<br />
松岡正剛さんの関係するビデオ収録のため東京に行く。<br />
松岡事務所で、私がひとりでセイゴウさんの大仕事「千夜千冊」について語る手筈が、結果的に、セイゴウさんとの対談にまで発展してしまう。<br />
その後、銀座のBLDギャラリーで、「肖像 経済、その他」展の打ち合わせ。<br />
ヤノベケンジさんに久しぶりに会う。今、同ギャラリーで個展中の中平卓馬さんにも会う。</p>
<p>２月２２日〜２４日<br />
「カラヴァッジョ／メデュウサ」のためのヘビの作り物（ワニトラ／田中さんの力作）と背景の彩色を行う。ひさしぶりに絵を描く感覚は楽しい。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/03/11年2月2224日--300x193.jpg" alt="11年2月22~24日" title="11年2月22~24日" width="300" height="193" class="aligncenter size-medium wp-image-2457" /><br />
＊写真は、カラヴァッジョ原画と、彩色中のヘビ頭と背景</p>
<p>２月２５日<br />
東京に行き、昼食を取りながら、佐谷周吾さん、中澤章生さんと、「肖像 経済」展の打ち合わせを行う。<br />
その後、日本橋高島屋で、別件の打ち合わせ。高島屋創業１８０年を記念して、記念作品を私が制作することになり、その打ち合わせである。私は北野恒富の描いた女性像をテーマにしたいと考えている。<br />
高島屋を出て、シュウゴアーツへ。トップアート／泉沢さんと、「カラヴァッジョ／メデュウサ」の額装の打ち合わせ。その後、東京大学の小林康夫教授と学生さん達とギャラリーで懇談。<br />
夕方、一路新宿の京王プラザホテルでの細江英公さんの文化功労者顕彰のお祝いパーティに列席。夜遅く、大阪に戻る。</p>
<p>２月２６日<br />
兵庫県立美術館で、やなぎみわさんとのトーク。トークの後も、やなぎさんと長時間話をする。なにか肝心の重要な話はまだしていないように思える。それは今後のことだろう。</p>
<p>２月２７日<br />
カラヴァッジョ／メデュウサの本番撮影を午前から、夜遅くまで実施。<br />
<img src="http://www.morimura-ya.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/03/11年２月２７日--300x195.jpg" alt="11年２月２７日" title="11年２月２７日" width="300" height="195" class="aligncenter size-medium wp-image-2458" /><br />
＊写真は、試行錯誤のポラロイド。</p>
<p>２月２８日<br />
日曜美術館のレンブラント特集に出演依頼があり、その打ち合わせをする。<br />
1994年に「レンブラントの部屋」展を原美術館で開催したのだが、あれからだいぶん年月が経ち、私のレンブラント論もだいぶん変わってきた。そのあたりもテレビで話せたらいいなと思う。</p>
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